日々を丁寧に暮らして

ゆーすげのセカンドライフ

しつもんZEN瞑想366日目・・・「時の樹」

昨日で仲間とやってきたしつもんZEN瞑想が365日続いた。
何ということもなくひょっと1年間をまたいでいた。
 
しつもんZEN瞑想では、初めに質問を置いてから始める。
そのしつもんは、別に答えを求めているものではない。
ただ、問いかけ続けましょうというもの
日によっては、全く、違うことを問いかけていたり
全く、問いかけることなく、念頭から外れる場合の方が多い。
これは私の場合はということだが・・・。
 
昨日は
ならば「もう1年後の私はどうしてるのか?」を置いてみた。
ご機嫌で、いい気持ちで瞑想している私がそこにいた・・・。
まだ、続けているんだ・・・。
やっているかもしれない。
1年や2年続けるのはもうなんてことはないのだから。
 
今日は、2年目の1日目。
これまで1年以上やってきて
今日ほど、しつもんに集中した日はないのでは・・・。
「75歳の今日はどうしているのだろうか?」という問いを置いてみた。
4年後の自分が浮かんでこない。
 
瞑想を始める前に、毎日見続けている窓の外の樹がある。
3月の初めには
何もなくって枝ばかりピンピン見えていたのが
新芽でもわ~となって
葉がついてぼわ~となって
あっという間に葉が開いてもさもさになった。
4月になって日に日に色が濃くなっていく。
そこまでは、想念の中をさらさらと流れて行った。
その樹のことを「時の樹」と命名した。
 

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この樹のことは

昨年、コロナ自粛で毎日見ていたのに
実は見えていなかった。
人は意識をそこに置かない限り決して見えないようだ。
 
だから、心の中に描いた。
瞑想中に、4年間を超えるために
その樹を夏に向けて茂らせてみた。
緑濃き夏、降り注ぐ太陽の中、蝉の声も聴いた。
嵐にも耐えた。やがて紅葉して、落葉した。
そして枝ばかりになり、ピンピンに戻った。
それを、想念の中で4回繰り返して
4年間を超えた75歳の自分を観た。
 
部屋の様子が一変していた。
 
部屋の壁面にはBOX棚が並んでいて
その一つには
父の物語の本が立てられていて
その横には、戦争を語った多くの人の自分史が並んでいる。
父の物語だけではなくて
多くの他の人の物語も大切にしているところが見て取れた。
そうなんだ、大切にしているんだ!
群魂という言葉が下りてきた。
 
その横には
100人と書く一枚の自分史MAGAZINが並び
多くの人の自分史とファイルが並んでいた。
私の自分史もそこにあった。
 
そして、その横には
「50代女性のセカンドキャリアを描くしつもんノート」
が並んでいた。
 
そして、
子どもへツナグ思い仕草の絵本や紙芝居のための資料が並んでいる。
本はどこに行ったのだろう???
そうか、本は、ラボ室に持っていってる。
私はそこで、時々、本や借りに来た人のお世話をしていた。
 
他にもたくさん、なくなっているものがあった。
私は、同じ場所で丸いラグの上で座って瞑想していた。
叶えたかったこと叶ってるそんな4年後を生きていた。
 
しつもんの答えは必ず一つではない。
 
75歳の今日の私はどうしてるのか?
その答えの一つだって思っている。
 
1年間、同じ時間をご一緒してくれた
仲間に感謝しかない。
ありがとう。
 
1年後、4年後、9年後はどうしているのだろう。
 
そんなことを思って窓の外を見ていると
雨の降る前の風が吹いている。
時の樹も揺れている。